災害ボランティアに参加して

 ベンチャー隊隊長の吉田です。4/29~5/4 GWの休みを利用してボーイスカウト日本連盟が現在運営している宮城県石巻市の災害ボランティアとして参加して来ました。
 毎日の様に人の出入りが有りましたが多い日で全国から70名の方々が参加してグループ毎に依頼先に派遣と言うスタイルが日課でした。
 滞在した地域は、津波の影響は少なかったですが沿岸地域を見て悲惨な状況で改めて津波による災害の恐ろしさを目にしました。
 見渡す限り流された家屋の品々と車の山で家屋の1階は海水と泥が入り込みほとんどの物が廃棄同然の状態。
 我々のチームは、各依頼者宅へ訪問してニーズを聞きだして作業をしていましたがどこのお宅も2~3人で出来る様な状況では無かったですが10数名のスタッフが泥まみれに成り作業していると家族の方々も一緒に協力して頂けました。毎日の様に行い疲れている様子でしたが畳を出すにも海水が湿っている状態で大人4人で運ぶ状況だったのでお子さんや年配者が多いご家庭では難しかったと思われます。
 被災者の方々と色々な話を聞く事も出来報道では無かった話題も多く語って頂き大変な思いが感じ取れました。
 電気、水道などまだ復旧してはいないですが是非、こちらに来た時は立ち寄って下さいねと家族の方々と最後に感謝の気持ちで握手をして別れました。
 既に災害から2か月以上も経過して自衛隊、消防、警察など数万人が労力を使って復旧に携わっても復興までには時間が掛かる状況だと思いますが1日も早く生活環境を整えて皆さんが安心して暮らせる町に成って頂きたい。

(VS隊長 吉田昌司)

現地避難所を訪問して

 5月5日、ゴールデンウィークの中、強行スケジュールではありましたが、ボーイスカウトやそうでない方などで有志を募り、12名で、宮城県亘理町にある被災地避難所の支援に行って参りました。
 現地は、津波による爪痕が生々しく、3/11で時が止まったかのような状態ではあり、自衛隊車両などが頻繁に作業・通行するなど、その手つかずの状態が改善されるには相当な時間がかかるように感じました。一方で、津波被害のないエリアでは、地震の爪痕はそれほどなく、亘理町ではライフラインは全て復旧し、商店やコンビニも何の問題もなく営業している状態でした。そんな中で、避難所となっている小学校体育館には、その周囲の復興から取り残されたかのように生活している方々を訪ねました。
 避難所には、津波で自宅に住めなくなってしまった方が暮らしており、訪問した逢隈小学校の体育館には、二百名ほどの方が生活していました。そのうち、半数が高校生以下、うち約20名は小学校低学年ということでした。この子どもたちとの交流と、それによってお年寄りなどが子どもたちから解放されるということを目的としての活動でした。避難所では、高齢者の方々の、子どもたちへの関わりによる疲れ・ストレスが深刻だといい、少しでも子どもたちを外に連れ出し、遊ばせることが何よりもありがたいことなのだそうです。そのような中で、我々は、子ども玩具メーカーから寄付で頂いた絵本等の配布とゲーム、綿菓子機での綿菓子作り体験を行いました。
 とかく、ボランティアというと、津波被害の家屋の整理、いわゆる泥かきのボランティアのイメージがありますが、大半の津波被害の家屋は、取り壊しとなる「赤札」の家屋となってしまい、貴重品等を持ち出した後は、重機による取り壊しを待つというエリアが広がっています。現地には、もちろん、そのボランティアも多く来ていましたが、このような避難所の運営や支援などに中長期で手伝いに来ている方々も意外と多いように感じました。ただ、今回の子供たちの支援を、現地の高校生ボランティアがやっているなど、被災した者同士が支援せざるを得ない状況もあり、まだまだ我々の支援が幅広く必要に感じます。また、今回の避難所で応対して頂いた方もまた被災者でありながら、毅然と、しっかりと避難所を機能させていたことに大変感銘しました。横浜が被災したときに、はたして避難所となるであろう例えば鴨居小学校で、95団はどのような支援ができるのか。地域との連携とは、まさにそのような事態の想定をしての備えであり、ボーイスカウトの「そなえよつねに」の精神で、いったい、今、何に備えた活動を展開していくべきなのか、地域との共生を考えさせられる訪問でありました。

(団委員:高橋道人)

そのときの様子を写真アルバム掲載しています。

https://picasaweb.google.com/michito7/

また、居合わせた他のボランティアさんの動画もアップされています。



  

 

 
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